小さな世界を生きる
スマホを開けば、世界中のニュースや誰かの日常が自然と飛び込んでくる時代ですよね。ネットやSNSのおかげで、いつでもどこでも誰とでも繋がれるようになったのはすごく便利ですが、私は最近「ちょっと繋がりすぎているのかもな」と感じることがあります。
毎日のように流れてくるタイムラインの投稿やニュースの多くは、実は自分の生活に直接関係のないことばかりのような気がします。それなのに、見ているだけで心がざわついたり、勝手に焦ったり、時にはモヤモヤしてしまったり。自分とは関係のないはずの「外側の世界」に感情を振り回されて、気づかないうちにエネルギーを消耗してしまっているのではないかな、と私自身の日々を振り返っても思うのです。
かといって、「じゃあ世の中のことなんてどうでもいいや」と完全にシャットアウトしてしまうのも、少し寂しい気がします。大切なのは、無関心になることではなくて、自分の心が疲れないようにちょうどいい「境界線」を引くことではないでしょうか。
まずは自分の手が届く身近な範囲に目を向けて、そこで「今の自分にできること」をシンプルにやってみる。逆に、自分の力ではどうしようもない大きな問題は、誰かに助けを求めるか、あるいは「これは自分が悩んでも仕方ない」といい意味で手放してみる。そんな風に、できることとできないこと、やることとやらないことをうまく仕分けていけたらいいなと考えています。
こうした生き方のヒントとして、私が大切にしている「ニーバーの祈り」という言葉があります。
神よ、変えることのできないものを静穏に受け入れる強さを与えたまえ。変えるべきものを変える勇気を与えたまえ。そして、変えられないものと変えられるものを識別する知恵を与えたまえ
情報の溢れる現代社会に生きる私たちにこそ、この「見分ける知恵」がじんわりと響く気がします。世界を大きく捉えすぎて疲れてしまうときは、ちょっとスマホを置いて、自分の手が届く「小さな世界」をまずは丁寧に、ご機嫌に生きていきたいなと私は思っています。