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ネット上で実名活動を始めた話

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私は大学を卒業した2025年3月から、個人ブログで実名を公開し、Gitの署名も実名に切り替えました。この記事では、ネット上で実名活動を始めた経緯について書こうと思います。

私のネット活動は、中学生の頃にTwitterアカウントを作成したことから始まりました。当時は趣味で作曲をしており、自分の作品を世間に発表したいというのが動機でした。最初はDTM界隈の人々と交流していましたが、ライフステージが進むにつれて、進学先の高専の友人や知人とも繋がるようになりました。私生活が順調だったこともあり、当時はキレのある冷笑ツイートのネタを常に考える程度には浮かれていたと思います。

ある日、Twitterで口の悪い投稿を繰り返す友人に強い怒りを覚え、その様子を他の友人や知人に晒してしまいました。そのとき初めて自分の理性的でない一面を自覚し、精神的なショックから趣味の作曲を辞めてしまいました。その後のネット活動は、正直に言って惨憺たるものでした。病みツイートの連投、政治論争への傾倒、アカウント転生の繰り返し……。結果として、友人を一人また一人と失っていきました。こうした迷走はコロナ禍が始まる前に何とか収束しましたが、もし抜け出せていなかったらと思うと、今でも少し怖くなります。

現在は、イーロン・マスク氏による買収をきっかけにTwitterを離れ、Fediverse上でHimagineというSNSをのんびり運営しています。幸いにも良識あるユーザーの方々と繋がることができ、以前のような極端な振る舞いはあまり表に出ずに済んでいると思います……たぶん。

こうしたネット活動の経緯を振り返ると、私自身の気性の荒さももちろんありますが、それ以上に「匿名であること」を盾にして無責任な発言を繰り返してしまった点が大きかったと感じています。「この大学くらい余裕で受かる」と調子に乗っていた私は、結果として一年浪人し、さらに二度の留年を経て卒業することになりました。大学在学中は、過去の恥ずかしい発言が何度もフラッシュバックして苦しみました。「言葉は巡って自分に返ってくる」という言葉を、嫌というほど実感した経験です。

普通であれば、ここで「反省して今後は気をつけよう」となるところですが、私の気性では単なる心がけだけでは不十分だと感じました。そこで、ある種の強制力としてネット上での匿名性を捨てることにしました。正直なところ、学生時代のような内輪ノリでインモラルな発言をしたくなる気持ちは今でもあります。しかし、気づけばいい年齢になり、自分の責任と向き合うほうを選ぶべきだと思いました。

実名での活動を始めてから、発言に対する意識は明らかに変わりました。匿名の頃は「どうせ自分だとは分からない」という前提のもと、多少過激なことを書いてもどこか他人事のように感じていました。しかし実名になると、その言葉がそのまま自分の評価に直結します。これは想像以上に大きな変化でした。「数年後に見返しても恥ずかしくないか」「現実で関わりのある人に見られても問題ないか」と、一度立ち止まって考えるようになりました。以前であれば勢いで投稿していた内容も、一晩寝かせてから判断することが増えています。結果として発言の量は多少減りましたが、その分だけ責任を持てるようになったと感じています。

また、実名であることは抑制だけでなく、ある種の安心感ももたらしました。匿名時代は「どこかで炎上するのではないか」「過去の発言が掘り返されるのではないか」といった漠然とした不安が常にありました。しかし、実名で自分なりに納得できる発信を積み重ねることで、その不安は徐々に薄れていきました。少なくとも、「過去の自分に怯える」状態からは抜け出せたと思います。

もちろん、実名での活動にもデメリットはあります。プライバシーの問題や、発言が思わぬ形で広がるリスクは常に存在します。それでも私にとっては、匿名で無責任に振る舞い続けることのほうが、長期的には大きなリスクでした。自分の性質を踏まえたうえで、どちらがより健全にネットと向き合えるかを考えた結果が、今の選択です。

今後は自分の言葉に責任を持ちながら、細く長く発信を続けていければと思っています。過去のように誰かを傷つけたり、自分自身を追い詰めたりするのではなく、少しでも前向きな形でネットと関わっていけたら、それで十分です。振り返ると、これまでの迷走も含めてすべてが無駄だったとは思いません。むしろ、その過程があったからこそ、自分にとって何が危うく、どうすればそれを避けられるのかを理解できたのだと思います。だからこそ今は、過去を切り捨てるのではなく、反省材料として抱えたまま進んでいきたいと考えています。